はじめに
脊髄損傷を受けた方やそのご家族にとって、異所性骨化(heterotopic ossification)は知っておきたい合併症の一つです。
異所性骨化は、本来骨が形成されない部位に骨が発生する現象で、特に脊髄損傷者の10~53%にみられるとされています。
この記事では、異所性骨化の原因や症状、治療法、何よりリハビリテーション時の注意点などを分かりやすく解説します。

異所性骨化って言葉は聞いたことがあるけど、具体的にどのような現象なのか分からないので知っておきたい。

何故か分からないけど股関節が腫れていて、痛みや動かしづらい感じがある。
という方、是非チェックしてみてください!
異所性骨化とは?
異所性骨化とは、
本来は骨組織が形成されない部位に病的な骨形成が起こる現象
福田亨ほか:筋組織内でおこる異所性骨化メカニズムの解明とその治療法・予防法の開発.埼玉医大誌37 : 26-30. 2010.
と定義されています。
分かりやすく言うと、「本来骨がない部分に骨が出来てしまう」ことです。

こちらの画像は生成AIで作成した画像であり、実際の患者様の画像ではありませんが、赤丸で囲った部分に、もやのかかったような箇所があることが分かります。
異所性骨化の原因や、発生のメカニズムについては、まだ不明瞭な部分が多いことが現状ではありますが、筋組織内の損傷により、筋組織が骨化するといった考え方が一般的になっています。
どのくらいの人がなるの?
脊髄損傷者の中で、どのくらいの方に異所性骨化が生じているのでしょうか。
Teasell RWらの報告では、
発生頻度は20~30%
Teasell RW, Mehta S, Aubut JL, et al• A systematic review oi the therapeutic interventions for heterotopic ossification after spinal cord injury. Spinal cord 48 : 512-521,2010
AA van Kuijkらの報告では、
脊髄損傷(SCI)患者における異所性骨化(NHO)の発生率は10%から53%の範囲
van Kuijk A A, Geurts AC, van Kuppevelt HJ : Neurogenic heterotopic ossification in spinal cord injury. Spinal Cord 40 : 313-326, 2002
とされています。
見ての通り、この発生頻度にはかなり開きがあり、実際にどのくらいの方に異所性骨化が生じているのかは正確には分からないというのが現状です。
なぜそのような現象が生じているのかというと、私は異所性骨化を生じている方の中の、おおよそ60-70%は無症状であるという点が影響していると考えられます。

別の病気でたまたまレントゲンを撮ったら、異所性骨化が見つかった。

血液検査で異常値があり、レントゲンを撮ってみたら異所性骨化だった。
というケースもあります。
実際、異所性骨化により関節可動域の制限が生じるケースは20-30%、強直(関節が全く動かなくなってしまう状態のこと)に至るケースは数%とされています。
もしかすると、今記事を読んでくださっている方の中にも、小さな異所性骨化を生じている可能性はありますが、日常生活に支障をきたさないレベルであれば問題はないと考えられます。
発生要因
どのような人がなりやすい?
異所性骨化の生理学的なメカニズムについては、不明瞭な点も多いですが、危険因子については明らかになってきています。
その要因として、Snoecxらは、
Snoecx M, Muynck M, Van Laere M • Association between muscle trauma and heterotopic ossification in spinal cord injured patients • reflections on their causal relationship and the diagnostic value of ultrasonography. Paraplegia 33 ‘ 464-468, 1995
- 外傷が生じている場合
- 局所の感染徴候
- 褥瘡
- 深部静脈血栓症
が挙げられるとしています。
これらに共通する事柄として、「身体内で何らかの炎症症状が生じている」という点が挙げられます。
いくつかの項目に関しては、ご自身で管理することには限界があると思われますが、健康な状態を維持できることが、異所性骨化の予防に繋がると考えられます。
また、Bravo-Payno Pらは、
人種・性別による差はなく、完全麻痺に多い。
Bravo-Payno P, Esclarin A, Arzoz T, et al• Incidence and risk factors in the appearance of heterotopic ossification in spinal cord injury. Paraplegia 30 ‘ 740-745,1992
弛緩性麻痺例には少ない。
としています。
つまり、最もリスクのある方は完全麻痺で、尚且つ下肢の痙性などがある程度ある方はさらにハイリスクといった結果になっています。
自身の経験として、弛緩性麻痺と痙性麻痺のどちらに多いのかと言われると実感はありませんが、完全麻痺と不全麻痺のどちらに多いかと言うと圧倒的に完全麻痺の方に多いです。
その要因として、先ほどの危険要因として挙げた「外傷」が関節内部で生じた際、感覚が脱失してしまっている完全麻痺の方では気づきにくい点が挙げられると考えています。
したがって、特に完全麻痺の方のストレッチを行う際は、注意が必要です。ストレッチ時の注意点は後のリハビリテーションの注意点の項目で詳しく説明したいと思います。
発生時期
発生時期に関しても様々な報告がありますが、一般的には脊髄損傷発症から1〜6ヶ月の間に発生することが多いとされています。
この時期には脊髄損傷の方がリハビリテーションが盛んに行っている時期になってきます。この時期にリハビリテーションを行わない方はほとんどおられないと思うので、この時期に発生しやすいのか、リハビリテーションなどで本格的なストレッチや関節可動域運動、動作練習を行う過程の中で生じる問題なのかは区別がしづらいところではありますが、リハビリテーションと密接に関わっていることは確かです。
また、異所性骨化が実際に生じると、リハビリテーションの大きな阻害因子となります。
好発部位
好発部位は、股関節が最も多く、次いで膝関節・肘関節に多いとされています。この順番を理学療法士として考えてみると、「ストレッチや関節可動域運動を行う頻度」と一致すると考えています。やはりリハビリテーションとの関係性はありそうですよね。
症状
基本症状
異所性骨化の症状に関しては、まず初発症状として、関節周囲の腫脹・発赤・関節可動域制限などが挙げられます。脊髄損傷の不全損傷などで、感覚が残存している方の場合は、痛みを感じることもあります。
その他、異所性骨化の炎症症状として、痙性がひどくなったり、微熱などの症状がみられることがあります。
逆に言うと、褥瘡や尿路感染などの要因がないにも関わらず、急に痙性がひどくなったり、微熱が出てきた場合は、異所性骨化が生じている可能性を考慮する必要があります。
脊髄損傷の方は、自律神経の障がいにより、体温調節が円滑に行えず、外気や衣類の影響によりうつ熱(こもり熱)を生じることがしばしばあります。
そのため、実際の患者様の接する際、軽度の微熱では、「こもっているのかな?」と見逃されるケースも多いのではないかと考えます。
したがって、軽微な身体変化であっても、その原因について追及し、何もなければ「こもっていたのかな」というように考えるように気を付けています。
二次障害
異所性骨化の二次障害としては多数挙げられますが、生活をする上で最も問題となるのが、「股関節屈曲制限」です。
股関節は異所性骨化の最頻発部位であり、理学療法士として仕事をしていると度々経験しますが、様々な面で阻害因子となってきます。
車椅子上での座位姿勢不良

股関節屈曲可動域制限が生じると、背もたれが90度の車椅子に乗車した際、お尻が前に出てしまい、前方へ転落しそうになったり、相対的に腰周囲が曲がってしまうことで、内臓にも悪影響を及ぼします。
このようなケースの場合、一般的な車椅子よりも背もたれを高く設定し、殿部の前方への姿勢のずれを抑制する必要があります。
また、片方の股関節のみ異所性骨化を発症してしまった場合は、左右で股関節屈曲可動域が異なるといった現象が生じてきます。その場合は、左右非対称のクッションを用意するなど、左右それぞれの角度に留意したクッションや車椅子の調整が必要となる場合があります。
移乗動作の阻害
車椅子への移乗動作を行う際、脊髄損傷完全損傷の方の場合は両手のpush up、不全損傷の方は起立・方向転換を行います。動作自体は全く異なるものですが、push upと起立、この2つの動作に共通する点で、動作を獲得するために重要な動きがあります。それは、「体幹の前傾」です。

体幹の前傾とは、座った状態から上体を前に倒すことを差します。
この動作が遂行できることで、私たちは起立・push up前に重心を前方に移動させ、安全に移乗動作を行うことができます。

しかし、異所性骨化により股関節屈曲制限が生じると、座位姿勢から体幹の前傾が行えなくなり、push upや起立する際に重心が後方に倒れ、頭部をベッド柵にぶつけてしまったり、ひどい場合は頭部から転落してしまう可能性もあります。
診断
血液検査にて、血清アルカリフォスファターゼ(ALP)が高値となり、最終的にはレントゲンなどを確認することで診断します。
ALPとは、肝臓や胆道、骨、腸などに多く含まれる酵素で、これらの臓器に障害があると血液中に漏れ出てくるとされています。異所性骨化は骨が形成されるといった状態ですので、ALPという検査値が上昇します。
治療
治療方法として、まずは発症したら、エチドロン酸二ナトリウム(ダイドロネル)という薬物の内服治療を開始することが一般的です。しかし、この薬物は、骨化の増大を抑制する効果があるが,発生した骨化を縮小させる効果はないので,発生初期の骨化が大きくない時点から内服させる必要がある。
根本的な治療を行う場合は手術での骨化部分の除去が選択されますが、再発リスクや術後感染のリスクも生じます。
リハビリテーション上での注意点
次に、リハビリテーションを行う上での注意点について説明します。
この内容は私がセラピストとして常日頃から意識している内容になりますが、一部は実際に当事者の方も知っておくべき内容と考えています。
受傷早期に関節可動域訓練を開始するべき
異所性骨化の一番の予防法はと言われると、「なるべく早期に関節可動域訓練を開始し、後に無理な可動域訓練を行わなくても良いようにしておくこと」と考えています。
実際にvan Kuijk A Aらの研究では、
脊髄損傷発症とROM訓練開始時期のインターバルが,骨化発生に大きく関わる
van Kuijk A A, Geurts AC, van Kuppevelt HJ : Neurogenic heterotopic ossification in spinal cord injury. Spinal Cord 40 : 313-326, 2002
と報告されています。
受傷初期に寝たきりにされてしまうことで、次の回復期病院に進んだ際に身体が硬すぎるため、まずは関節可動域訓練に力を入れざるを得ない状況となります。
しかし入院期間も最大180日であり、逆算すると関節可動域訓練のみに時間を割くことはできません。
したがって、少し攻めた関節可動域訓練を行う必要が出てくることで、異所性骨化を助長していく可能性もあります。
実際の臨床現場では、もちろん異所性骨化に留意しながら実施していますが、「少しでも可動域が維持されていれば、もっと早くリハビリテーションの難易度を上げることが出来て、もっと良くできたのにな・・・」と感じることはとても多いです。
脊髄損傷のリハビリテーションは、専門病院と非専門病院で質が大きく異なります。
この質の差を埋めていくことが、私たち専門職に求められている使命であると考えています。
ゆっくり持続的に伸ばす
急激な筋の伸張(特に股関節屈曲)は、股関節周囲の筋線維の損傷を引き起こし、異所性骨化等の合併症を招くともいわれているため持続的な伸張を心がけます。
しかし、リハビリテーションでは、限られた時間の中で実施する必要があるため、その他の訓練も行わないといけないことを考慮すると、「ただただゆっくり伸ばせばよい」という訳にはいきません。
具体的に「このぐらいのスピード・時間で伸ばすと良いよ」という報告もないことや、完全損傷の方では痛みも感じないため、尚のこと難しい問題となっています。
私自身は、リハビリの時間のストレッチは筋の状態や可動域のチェック程度とし、可能な範囲で患者様自身に正しいストレッチ方法を指導し、リハビリ以外の時間でストレッチをしていただくようにしています。
ただし、実際に行う際は後述するような内容が重要となります。
熱感や腫脹の確認
可動域訓練を行う際は、関節が熱くなっていないか、腫れていないかを確認しながら行うようにする必要があります。
ただ、脊髄損傷初期の場合、足がむくんでおり、むくみなのか腫れなのかが分かりにくいといったケースもあるかと思います。そのような際は、左右で比較することで、異常に気が付くこともあるため、必ず左右で熱さや腫れの状態が同じかを確認するようにしています。
ハムストリングスのストレッチの注意点

脊髄損傷の方にとって、ハムストリングス(太ももの裏の筋肉)の柔軟性はとても重要です。その柔軟性を改善させるためのストレッチとして、画像のような長座体前屈を行う人も多いのではないでしょうか?
しかし、足を揃えた過度な長座体前屈では、関節内に無理なストレスがかかることで、異所性骨化を助長する可能性があります。

したがって、股関節を外転位(足を開いた状態)でストレッチを行うことで、そのようなリスクをなるべく減らした状態でストレッチを行うことができるため、臨床現場ではそのような方法を指導しています。
また、上記の方法の場合、状態を前に倒すと膝が曲がってくるため、膝の上に重りなどを乗せ、膝が曲がらないようにしながら、自重で少しずつストレッチをかけていくということになります。
おわりに
本記事では、リハビリ・治療方法について解説しました。
ただし、リハビリや治療の効果には個人差があり、本記事の内容がすべての方に適用できるわけではありません。
本記事はあくまで情報提供を目的としたものであり、医学的アドバイスや診断・治療を代替するものではありません。健康状態や治療方針については、必ず医師や専門家にご相談のうえ、適切な指導のもとで行ってください。
今後も、正確で役立つ情報を発信していきますので、よろしくお願いいたします。
個人的な悩みや、今後記事にして欲しい気になる情報があれば、こちらのGoogle Formにて承っております。匿名で投稿可能ですので、お気軽にご投稿下さい。
まとめ
- 異所性骨化とは「本来骨がない部分に骨が出来てしまう」ということ
- 脊髄損傷発症から1〜6ヶ月の間に発生することが多い
- 股関節が最も多く、次いで膝関節・肘関節に多い
- 初発症状として、関節周囲の腫脹・発赤・関節可動域制限などが挙げられます
- 股関節屈曲制限が生じると、車椅子上での姿勢崩れや、移乗動作の阻害因子となる
- 初期からの可動域訓練実施や、ゆっくり慎重に伸ばすこと、炎症症状の確認、関節に無理のない姿勢で伸張することが重要になる
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