はじめに
脊髄損傷の方の中には、「痙性(痙縮とも言います)」に苦しんでおられる方も多いかと思いますが、それが冬に増強するといったお声を多数いただくことがあります。
しかし、痙性が何故冬場に強まるのかといった根拠を提示して説明しているものは少なく、
なんでだろう・・・
と疑問に思ったままになっている方も多いのではないでしょうか?
そこで今回は、「痙性」と「温度」について、科学的根拠と個人的な見解を解説していきたいと思います。
この記事では、
・「痙性」についての基礎知識
・「痙性」と温度との関係性
・「痙性」と筋温との関係性
・対策方法
について解説していきます。
「痙性」って何?
まずは、「痙性」というものが医学的にどのようなものなのかという点について、簡単に解説していきたいと思います。
痙性とは、
「腱反射亢進を伴った、緊張性伸張反射の速度依存性増加を特徴とする運動障害で、伸張反射の結果生じる上位運動ニューロン症候群の一徴候」
(Lance JW: Spasticity. Disordered Motor Control, 485-495, Year Book Medical Publishers, 1980.)
と定義されています。
聞きなれない言葉が多くて理解しづらいと思いますが、「伸張反射」について理解できると、
後はスムーズに入ってきますので、まずは「伸張反射」について解説していきます。
伸張反射とは、
伸張反射(しんちょうはんしゃ、Stretch Reflex)とは、脊髄反射の一つで、骨格筋が受動的に引き伸ばされると、その筋が収縮する現象。 この収縮は、筋肉の伸展によって生ずる張力を、その筋肉の中にある筋紡錘が感受しておこるものである。
~中略~
またこの反射は、過剰に伸ばされた筋肉が損傷を回避するために収縮するという、一種の防衛機能的側面も有する反射でもある。
日本ストレッチング協会HP(https://j-stretching.jp/what-is-stretch-reflex)
とされています。つまり、
「筋肉が何らかの形で引き伸ばされた際に、筋肉が切れてしまうことを防止するために反射的に筋肉を収縮させる現象」といえます。
これは「脚気」という病気の検査をするために、膝蓋腱反射(膝蓋骨の下をハンマーで叩き、膝下が反射的に動くかどうかを判断する)を確認することがありますが、これも伸張反射の一種ということになります。
この伸張反射は、もちろん万人に備わった反射機構であり、人体にとって必要な機能ですが、脊髄損傷などにより神経が障害されてしまうと、筋の伸張を感知する器官が不具合を起こすことにより、身体に備わっている伸張反射が、異常なほどに過敏に反応してしまうことがあります。
この状態がいわゆる「痙性」と言われる状態で、少し動いただけで意図しないタイミングで過剰な防衛本能が働いてしまい、かえって動作を阻害してしまう原因となるということです。
「痙性」と温度との関係性
痙性に対する理解が得られたところで、次は温度との関係性について、1つの論文を用いながら説明していきます。
という論文です。以下に簡単に引用します。
・研究の背景:多くの生理的および大気的変数が脊髄損傷 (SCI) 患者の痙縮を増大させると考えられていますが、これらの変数が痙縮に与える影響についての客観的な証拠は限られている。
The influence of physiologic and atmospheric variables on spasticity after spinal cord injury(脊髄損傷後の痙縮に対する生理学的および気象学的変数の影響)
・参加者:運動不全 SCI の参加者 53 名
・評価項目:年齢、受傷後の経過時間、性別、受傷の重症度、神経学的損傷レベル、歩行能力、抗痙縮薬の使用、温度、湿度、気圧が大腿四頭筋の痙縮に及ぼす影響を評価。
・結果:回帰分析により、歩行能力と温度のみが痙縮の重症度と有意に関連していることが明らかになりました。
・結論:この結果は、痙縮と温度の高い関連性を示すというこれまでの証拠を示しています。
となっています。痙性の神経学的レベルや、湿度や気圧などの関与もありそうですが、この研究では関連しているのは温度だけとなっています。
しかし、この研究では統計的に痙性と温度が関連しているということは示されましたが、痙性と温度がどのように関連しているかといったメカニズムは明らかになっていません。
「痙性」と筋温との関係性
先ほど論文で示した通り、痙性と温度との関連があることは明らかですが、そのメカニズムについては不明瞭となっていますので、個人的な見解も含めて考察していきたいと思います。
まず、温度が低下することで、身体においては筋肉の温度(以下筋温といいます)が低下すると考えます。それでは筋温が低下するとどのような現象が起きるのでしょうか?
それについては、
ホットパックなどの温熱療法を実施することで、筋硬度が低下した。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/cjpt/47S1/0/47S1_B-123_2/_article/-char/ja
という報告から推察すると、筋肉が冷えてしまい、硬くなってしまうと考えます。
痙性という状態はそもそも筋の伸張を感知する器官が不具合を起こしている状態で、過敏に反応してしまう状況ですから、筋肉が硬くなってしまうと、筋の伸張を感知する器官によりダイレクトに伸張が伝わってしまうことになります。それに伴い、より僅かな伸張で反射が起きてしまうため、痙性が強くなると考えられます。
対策方法
最後に、痙性に対する対策方法について説明します。
これに関しては言わずもがな、「筋肉を温めること」です。
ホットパックやカイロなどで物理的に温める方法(低温やけどに注意が必要)や、体操などで筋収縮を促し、筋肉自体の温度を高める方法が挙げられます。
特に寝起きが最も筋温が下がっているタイミングとされているため、このタイミングで体操などを行ってから起床するなどの対策が最も効果的ではないでしょうか?
終わりに
今回は痙性と温度の関係性について説明しました。
冬場は脊髄損傷の方にとって厳しい季節となってきますが、しっかりと対策をしながら、なるべくスムーズに動いていただけるよう、最新情報があればどんどん投稿・更新していきたいと思います。
個人的な悩みや、今後記事にして欲しい気になる情報があれば、こちらのGoogle Formにて承っております。匿名で投稿可能ですので、お気軽にご投稿下さい。
まとめ
・痙性は、筋の伸張を感知する器官が不具合を起こすことにより、身体に備わっている伸張反射が、異常なほどに過敏に反応してしまってしまう状態
・痙性と温度が関連しているということは示されたが、痙性と温度がどのように関連しているかといったメカニズムは明らかになっていない。
・筋の温度が低くなることで、硬度が増加し、僅かな伸張で反射が起きてしまうため、痙性が強くなると考えられる。
・対策として、筋肉を温める方法が挙げられる。
コメント