皆さんは脊髄損傷×ロボットリハビリテーションというと、何を思い浮かべますか?
当事者の方の多くが、「HAL」とお答えになられるのではないかと思います。
HALは脊髄損傷などに対するロボットとして最も有名なデバイスですが、そもそもなぜロボットのリハビリが良いとされているのか、またその種類としてHAL以外にどのようなデバイスがあるのかについてはご存知でない方も多いのではないかと考えています。
そこで今回は、「脊髄損傷とロボットリハビリテーション」というテーマで解説していきたいと思います。
はじめに
2000年代から、医療業界にもロボットが用いられるようになり、理学療法の分野においては治療用ロボットとして数多くのロボットが活躍しています。
脳卒中治療ガイドライン2021では、
歩行補助ロボットを用いた歩行訓練がグレ一ドBである
脳卒中治療ガイドライン2021(角田 亘:日常生活動作(ADL)障害.脳卒中ガイドライン 2021(日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会 編).協和企画,東京,2021;pp 260-261)
と定められており、脊髄損傷のリハビリテーションにおいても歩行支援ロボットへの関心は年々高まっています。
しかし、
ロボットのリハビリテーションって何が良いの?
HAL以外にはどんなロボットがあるの?
といった声をよくお伺いします。
そこで今回、ロボットリハビリテーションの中で、脊髄損傷に関連する部分を抜粋しながら、
- ロボットの種類
- ロボットリハビリテーションのメリット・デメリット
- ロボットリハビリテーションの今後の展望
について解説したいと思います。
ロボットの種類
ロボットリハビリテーションは、主に「治療用ロボット」と「生活用ロボット」の2つに分けられます。
皆さんがイメージしているロボットは、主に「治療用ロボット」にあたると考えられます。
治療用ロボット
HALやLocomatといったロボットが挙げられます。これらは装着して使用するタイプや、ランニングマシンや吊り下げ機器とセットになっているものなど様々ですが、治療用として利用されるものになります。
つまり、自宅や生活の中で使用することは想定されておらず、あくまで訓練用機器として使用するものです。
生活用ロボット
ReWalk、WPAL-Gなどが挙げられます。こちらは治療用としてはもちろん、自宅で生活する中でも使用できるロボットになっています。日本では国民皆保険であり、病気を患うとその病気の種類によって一定期間保険内でのリハビリテーションが可能となります。脊髄損傷においては、胸髄・腰髄損傷の場合は150日、頚髄損傷の場合は180日の回復期リハビリテーション期限が設けられます。
しかし、日本以外の国々では、リハビリテーションを受けるための費用は高いことも多く、その中にはもちろん人件費も含まれます。したがって、ロボットを使用して少ない人数・もしくは患者様お一人でリハビリテーションを行ったり、足りない能力をロボットで補うという文化が根付きつつあります。
さらに、文化的にアメリカなどはロボットを使用して歩行することに外見的な抵抗が少ないですが、我々日本人はロボットを使用して歩いているところをあまり見られたくないという心理が多く働くため、この生活用ロボットについてはまだまだ根付いていない現状にあります。
いずれのロボットも、機会があれば各論として詳しく解説していきたいと思います。
ロボットリハのメリット
次にロボットリハビリテーションのメリットについて説明していきたいと思います。
主に3つの要因が挙げられると考えています。
正常に近い歩行パターンの学習が可能
従来の理学療法では、股関節や膝関節の運動が十分に認められない方は「長下肢装具」と呼ばれる装具を使用した歩行練習が行われてきました。これは膝関節や足関節が十分に動かすことが出来ない患者様に対し、膝関節が曲がらないように固定し、その上で介助者が足の振り出しを行うトレーニングになります。確かにこの練習では、足の膝折れによる転倒を防ぎ、安全に歩行練習が可能となるというメリットはありますが、一方で「装具を付けている足の膝関節が曲がらない」歩行練習となっています。私たちの平地歩行では、膝関節は最大で60°程度曲がっているとされており、「膝関節が曲がらない」歩行は正常歩行からは逸脱しているといえます。
一方で、ロボットによるリハビリテーションでは、ロボットによる動力補助により,多関節のコントロールが可能となります。つまり、股関節・膝関節・足関節それぞれが正常歩行に近い形で動作を行うことが可能となるということです。
人力の歩行練習では成しえない、長距離・高速度歩行が可能
前述した長下肢装具を使用した人力での歩行練習では、実際のところ、患者様が疲労する前に介助している理学療法士が疲労してしまうことで、休憩を余儀なくされるケースも多いです。特に患者様の背中の筋力が低下しており、身体が前のめりになってしまう患者様や、長下肢装具を着用した足の振り出しがご自身で行えず、介助者が足の振り出しを行う場合は、平均すると1回あたり100m程度が良いところかと思います。訓練中、仮にこれを3set行ったとすると、300mとなりますが、この数値が量として足りているのかと言われると、不足していると言わざるを得ない状況かと思います。
また、歩行練習時の歩行速度においても、足が床に引っかかってしまうリスクを考慮すると、患者様の身体を少し後ろに反らしながらの歩行となってしまうことも多く、その場合歩行速度の低下や、歩行時の姿勢が悪くなることにより、適切な筋力の発揮が困難となるケースもあります。
それらに対し、ロボットによるアシストを得ることで、歩幅や歩行速度、PCI (生理的コスト指数:一定時間歩行した際のエネルギー効率を間接的に測定する指標)が向上する例が多いとされています。また、人力と比較すると安全性が保障されているため、人力歩行よりも速い速度での歩行練習が可能となると言われています。
また、人力歩行では介助者側の疲労を考慮する必要がありますが、ロボットの場合は考慮する必要がないため、長時間の歩行が可能となり、結果的に1日当たりの訓練時間内での歩行距離は長くなる傾向にあります。
速い速度での歩行練習の効果について、2つの論文をご紹介します。
脳卒中の入院患者に対し、毎日なるべく速い速度で歩行練習を行うよう促す群と、促さない群に分けてリハビリテーションを実施した。その結果、速い速度で歩行練習を行うよう促した群の方が、退院時の歩行速度が速かった。
International Randomized Clinical Trial, Stroke Inpatient Rehabilitation With Reinforcement of Walking Speed (SIRROWS), Improves Outcomes
最大歩行速度がプラトーレベルに達したと推定される患者様に対して、最大歩行速度より20%速い歩行速度で5日間歩行したところ、平均速度が0.84m/秒であったのが、1.08m/秒まで向上した。そこからさらにトレッドミルを使用して高速歩行トレーニングを5日間実施したところ、1.24m/秒まで向上した。
Preliminary Trial to Increase Gait Velocity with High Speed Treadmill Training for Patients with Hemiplegia
上記の2つの先行研究は、いずれも脳卒中の片麻痺患者さんを対象とした研究であり、脊髄損傷においての高速度トレーニングの報告は現在も少ない状況ではありますが、同じ神経障害を伴う疾患と考えると、脊髄損傷者においても同様の効果が得られると考えられ、歩行支援ロボットはそれを実現可能とする有効な手段の1つと成り得ると示唆されています。
歩行練習の再現性の高さ
従来の装具を使用した歩行練習では、介助者の介助技術によって訓練の質に差が出てきてしまいます。また、別の介助者が介助をした際に、「どのくらい介助するのか」ということの言語化が難しいため、思った以上に介助してしまい、患者様ご自身の筋力の発揮が乏しくなってしまうこともしばしばみられます。
ロボットを使用した歩行練習では、アシストの量や方法などは機器の設定を用いて実施しますが、一度設定してしまえば同じアシスト量で運動が可能となるため、介助者が変わっても動作の再現性は担保されると考えられます。逆に言うと最初のアシスト量の設定などは経験不足から適切な数値を選択できない可能性もありますが、近年は運用に対するプロトコール(説明書)も定められてきており、治療者の違いによる影響は今後は減少していくと考えられます。
脊髄損傷者においては、
損傷を受けた脊髄を含む神経系の回復には繰り返し入力による可塑性(use-dependent plasticity)を促すための反復訓練が有効である。
河島則天,一寸木洋平,緒方徹,他:慢性期脊髄損傷者の歩行機能回復に向けた新しいリハビリテ一ションストラテジー.脊椎脊髄29 : 469-474,2016
とされており、やはり再現性の高いロボットトレーニングは脊髄損傷のリハビリテーションとの相性は良いとされています。
デメリット
次にロボットリハビリテーションのデメリットについて説明します。デメリットは2つあると考えています。
装着に時間を要する
メリットの項目で説明した通り、装着してしまえば訓練効率は高いですが、装具を着用するよりも遥かに時間を要するケースが多いです。その要因としては、装具よりもベルトなどが多い点や、股関節・膝関節・足関節がそれぞれ動くので、機器と身体との適合性を慎重にチェックする必要があるためです。これを入念に行わないと、フレームが皮膚に干渉し、擦り傷・切り傷が生じたり、良好なアシストが得られなくなる可能性があります。
姿勢制御機能について
姿勢制御機能については、
脊髄より上位の中枢神経系の関与が大きい
Macpherson JM, Fung J :Weight support and balance during perturbed stance in the chronic spinal cat. J Neurophysiol 82 : 3066-3081, 1999
とされており、これは機械的な介入では限界があり、姿勢制御機能の改善がターゲットとなる場合、必ずしもロボットリハビリテーションが適応でないことも考えられます。
今後の展望
2020年の診療報酬改定においては、リハビリテーション総合計画評価料に運動量増加機器加算が新設され、当該機器を用いてリハビリテ一ションを行った場合、月1回に限り150点を所定点数に加算できるようになりました。このことからも、リハビリテーションの分野におけるロボット活用についての期待は伺え、今後さらに期待が高まっていくと考えられます。
脊髄損傷においては、再生医療なども研究が進んできており、今後再生医療後のリハビリテーションの根幹を担う可能性も高いです。
一方で、ロボットを導入するには高額な費用がかかる点や、エビデンスとしての報告も不十分な点が多いのも事実ですので、ロボットリハビリテーションが広く普及するためには課題も山積みです。
おわりに
今回は、脊髄損傷とロボットリハビリテーションというテーマでお話ししました。
ロボットリハビリテーションはとてもインパクトのある分野であり、皆さんも興味・期待が大きい内容ではあると思いますが、理学療法において万能な治療というものはありません。その方々一人一人の問題点を見極め、アプローチを行うことが大切です。
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まとめ
- 歩行補助ロボットを用いた歩行訓練がグレ一ドBであるとされており、歩行支援ロボットへの関心は年々高まっています。
- 脊髄損傷におけるロボットは治療用ロボット(HALやLocomat)と生活用ロボット(ReWalk、WPAL-G)に分けられる。
- ロボットリハのメリット:正常歩行パターンの学習・長距離・高速度歩行が可能、再現性の高さ。
- ロボットリハのデメリット:装着に時間を要する、姿勢制御機能の改善が図りにくい。
- 今後の展望:ロボットリハに対する期待は高まる一方で、高額な費用がかかる点や、エビデンスとしての報告も不十分な点が多いため、課題も山積み
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