【論文紹介】視床下部深部脳刺激療法は脊髄損傷後の歩行能力を増強する

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こんにちは。「脊髄損傷研究所」です。
今回は、Xにも投稿させていただいた、

というニュースについて、反響が大きかったので深掘りして解説していこうと思います。

これは、Natureに投稿された、「Hypothalamic deep brain stimulation augments walking after spinal cord injury(視床下部深部脳刺激療法は脊髄損傷後の歩行能力を増強する)」という論文を基に作成されたニュースです。

以下ニュース動画になります。

はじめに

この論文は、2024/12/2にNatureという雑誌に投稿されたもので、スイス連邦工科大学 (EPFL)のNewton Choさんという方が発表された論文になります。以下に論文の内容を引用しながら解説をしていきます。

脊髄損傷と脳刺激療法

脊髄損傷の方に対する治療法というと、いわゆるリハビリテーションに加え、近年はBrain Machine Interface(BMI)・Brain Spine Interface(BSI)と呼ばれるような、脳のどの部分がどのような機能を司っているのかを把握した上で、その電気信号を読み取り、パソコンやスマートフォンといったデバイスを操作する環境制御装置や、脊髄に直接電気刺激を与え、筋の収縮を生み出し、歩行能力の改善を図るような治療法の研究が進んできています。

この論文においても、脳の機能を把握するという点で条件は似ているのですが、異なる点は「脳そのものに刺激を与える」ということ、それも「外側視床下部」という、いわゆる脳深部の領域に刺激を与えることで、脊髄損傷の方の身体機能が向上したという点です。

脊髄損傷の方の脳に対してのアプローチとして、経頭蓋磁気刺激療法(TMS)と呼ばれる治療法がありますが、どちらかというと痙性や疼痛のコントロールとしての治療成績といった報告が多く、運動機能に対して言及している報告は少ないのが現状です。

したがって、この論文は脊髄損傷患者の歩行など、身体機能に対する治療法として、可能性を感じさせる内容となっています。

研究の目的

この研究の目的として、ニュートンらは、

脊髄損傷は、脳と脊髄間のコミュニケーション経路を遮断することが知られており、しばしば麻痺や運動機能障害を引き起こす。脳のいくつかの領域が歩行の制御に関与しているが、脊髄損傷によってどの領域が最も影響を受けるのか、また、他の脳領域がどのように回復をサポートし、歩行の回復を助けるのかは不明である。

Hypothalamic deep brain stimulation augments walking after spinal cord injury

としています。
歩行は動作としての難易度は非常に高いにも関わらず、私たちはそれを半ば自動的に行っているといった現状があります。それは脳の多くの領域が関わっていることを意味しており、それらは研究によって少しずつ明らかになってきています。

ただ「ある疾患になった場合に、それらの多くの脳領域の中の特にどの部分が重要か」といった部分には目を向けられることが少なく、脊髄損傷においても同様でした。そこに目を向けたのが今回の研究ということになります。
今回の報告は、主に2つの研究の基に成り立っています。以下にそれぞれ解説していきます。

研究①:マウス・ラットでの研究

この研究は、まずはマウス・ラットでの研究からスタートしています。
ニュートンらは、

Gregoire CourtineとJocelyne Blochらは、3Dイメージング技術を用いて、回復期にある脊髄損傷マウスの脳活動をマッピングし、回復期における歩行に関与する脳領域を特定した。著者らは、覚醒、摂食、および動機付けを司る領域である外側視床下部の神経細胞群が、回復に重要な役割を果たしていることを突き止め、治療介入の新たなターゲットとなり得る可能性を示した。CourtineとBlochらは、外側視床下部を標的として脳深部刺激を行い、さまざまなタイプの脊髄損傷を負ったマウスとラットの両方において、歩行能力の即時の改善を観察した。

Hypothalamic deep brain stimulation augments walking after spinal cord injury

と述べています。
つまり、脊髄損傷になったマウスの脳の働きを調べた結果、覚醒状態や食事意欲などを司る「外側視床下部」と呼ばれる脳の領域がターゲットになると考え、外側視床下部に対して刺激を与える実験を行った結果、歩行能力の改善を示したということです。

研究②ヒトでの研究

マウス・ラットでの研究が成功したので、次にニュートンらはヒトでの研究に移行しました。
ニュートンらは、

次に、研究チームは慢性不完全脊髄損傷を患う2人の患者を対象に、外側視床下部への脳深部刺激が歩行能力の向上につながるかどうかを検証した。歩行補助器具を使用していたものの、歩行に問題を抱えていた両患者は、10メートル6分間の歩行テストで歩行能力の向上が見られ、下半身の動きも改善した。リハビリテーションと併用したところ、脳深部刺激を停止しても回復が持続した。

Hypothalamic deep brain stimulation augments walking after spinal cord injury

としています。

つまり、マウス・ラットと同様に実際の脊髄損傷の当事者の方で実験を行ったところ、下肢の能力が向上したということです。また、ここで注目すべきは脳への刺激を停止しても回復が持続したという点にあると考えます。

通常このような治療の場合、刺激している最中は能力が向上しても、刺激を停止すると元の状態に戻ってしまうということも多いです。しかし、この研究では治療後の持続効果についても研究がなされており、今回一定の持続効果が示されたとされています。

今後この持続効果がどの程度続くのかなどはさらなる研究が必要になりますが、非常に興味深い研究であると言えます。

今後の課題

安全性

今回は、脊髄損傷の当事者の方2例の研究であり、安全性を評価するにはより多くの患者を対象とした大規模な研究が必要であるとされています。

細かなメカニズム

今回脊髄損傷マウスの脳の働きの観察からヒントを得て治療を行っているため、外側視床下部への脳深部刺激がどのようなメカニズムで脊髄に影響を及ぼすかといった考察は曖昧な部分もあります。

適応・非適応の有無

今回不全麻痺を呈する脊髄損傷の方に対しての治療効果が示されましたが、完全麻痺の方に対しての効果は不明となっています。

いずれも今後の研究に期待したいところです。

おわりに

今回は「Hypothalamic deep brain stimulation augments walking after spinal cord injury(視床下部深部脳刺激療法は脊髄損傷後の歩行能力を増強する)」という論文を解説しました。
この研究は私自身もとても興味深い研究であると感じますし、今後に期待できる部分も多いです。
引き続き続報があればお伝えしていこうと思います。

まとめ

Natureに、「視床下部深部脳刺激療法は脊髄損傷後の歩行能力を増強する」
 という論文が投稿された。

脊髄損傷マウスの脳活動を分析し、外側視床下部を刺激することで
 歩行能力の改善が図れることが分かった。

不全脊髄損傷患者に対して治療を実施したところ、やはり歩行能力の改善が図れ、
 持続効果もあった。

大規模な安全性の検証、作用メカニズム、どのような脊髄損傷者が
 対象になるのかなどは今後の研究結果に期待。

脊髄損傷研究所

認定理学療法士(脊髄障害)/脊髄損傷の方を100例以上担当/再生医療/BMI/「無知こそ最大のリスク」をテーマに、脊髄損傷の当事者の方に向けて、脊髄損傷に関するトピックスを、医学的な知識がない方でも理解ができるよう、分かりやすく解説するブログ「SCI LAB」を運営。

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